ウチの寺には猫がたくさんいます。
といっても、飼っている訳ではありません。
住み着いているのか、他所から来るのかもわかりません。
何匹いるのかもわかりません。
たまに子猫を捨てにくる人もいます。
しかも、段ボールに何匹も詰めて。
昔から神社や寺にはこういったことが頻繁に起こっているんだと思います。
野良猫や他所の飼い猫が境内をうろうろするのは仕方ないことだと思います。
しかし、猫を捨てにくるのは許せません。
無責任です。
ウチも面倒見れないので、ほっておくと死んでしまうときもあります。
そんなときは面倒を見なかった自分自身にも責任を感じてしまいます。
こんなこともありました。
よくお寺の横を通る方が、餌を定期的に与えているんですね。
その方に「餌を与えないでください。そんなに猫が好きなら連れて帰ってください。」と言いましたが、「自分は飼えないので連れて帰れない」と言いました。
なぜ、困るのかと言えばゴミをあさったり、糞や尿をどこでもするからです。
実際、野良猫や他所の飼い猫にも本当に悩まされています。
正直、猫好きな人なら面倒見たりしてかわいがるところでしょうけど、ウチの家族は動物にほとんど興味を持ってないものですからどうしていいことやら。
動物を虐待してはいけないのは当然ですが、こういうことで困っている場合、何かいい方法はないでしょうか。
本当に困ってます。
東北地方太平洋沖地震で犠牲に遭われた方々には衷心より哀悼の意を表し、被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。
東北地方太平洋沖地震で犠牲に遭われた方々には衷心より哀悼の意を表し、被害に遭われた方々には心からお見舞
い申し上げます。
2010年9月14日火曜日
2010年9月13日月曜日
開かれた寺、寺の敷居問題
寺の課題として、寺を開くということが挙げられています。
閉鎖的な寺でなく、もっと大衆・民衆にとって身近な存在になるべきだということです。
特に若い世代の人がもっと足を運べるような寺になるべきだということが重要視されています。
もっともだと思います。
そのために様々な工夫がなされています。
お稽古ごとなどをして、足を運んでもらう。
コンサートや演劇、落語の会などを催す。
パーティーのような会を催す。
あの手この手で、少しでも寺を身近に感じてもらい、寺は決して堅苦しいところではないということをアピールします。
マスメディアなどで紹介されてますが、都会の寺はもっと斬新な工夫がなされているようです。
数年前、築地本願寺で超宗派の僧侶が僧衣のファッションショー「東京ボーズコレクション」を開いたのは有名な話です。
その他、ダンスとラップで法話会をしたり、高野山では毎年東京のホテルや、デパートなどで出張カフェや精進料理、写経などのイベントを開催したりということがあるようです。
この前、テレビで見たんですが東京八王子の了法寺という寺院は独自のアニメキャラなどをつくってお寺をアピールしているようです。
私のところ西福寺では、このような寺の開放ということに対する工夫に関して必要は感じていますが、現在のところ特別な取り組みは行っていません。
一方、そういったことに対して批判的な考えを持つ方も多いのは事実です。
批判的な理由は、いくつかあるようですが、どちらが正しいともいえないような気がします。
一応真宗寺院の意義、意味合いからすると寺が開かれることは本義だと思います。
しかし、こんな考え方の寺もあります。
高い塀に囲まれた寺院が、朝決まった時間に門が開き、夕方同じ時間に閉門するような形態は、いつでもどこでも誰にでも開かれた寺院像からすると対照的に閉鎖的なように思えるが、その方がむしろお寺にとってはいいという考え方です。
その理由は、敷居が高い方が大衆・民衆に対して崇高なイメージを与え、ありがたい場所だと感じさせる効果があるということです。
そういえば、真宗では絶対に考えられないことですが、何年かに一度だけ本尊を御開帳するというような寺がありますが、そういった寺は非常に人気が高いですね。
大衆・民衆は寺にそういった崇高でありがたい場所であることも望んでいるのも事実です。
教えよりもその場の空気感が宗教的意味を持つこともあると思います。
なんだか落ち着く、癒されるという雰囲気も寺の役割として大事な要素ではないでしょうか。
話は寺の敷居を低くすることに戻しますが、いろいろな工夫や試みも大事だとは思いますが、現代という時代からして根本的にお寺の敷居が高いと思われている原因があると思っています。
それは、ほとんどの寺が土足のままは入れないということです。
当然、お寺に限らず日本の生活様式は伝統的に建物の中では土足を脱ぐようになっています。
特に真宗寺院は聞法道場の場として存在しおり、参詣して仏教の教えを聞く場ですから、畳の間(外陣、参詣席)が広くなっています。
ほとんどの古くからの寺院は土足では入れません。
しかし、最近建て替えたりした寺院では土足のままは入れることがあるようです。
先ほども名前が出ましたが、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の築地本願寺は現在の建物が昭和初期に建てられたものですが、土足のまま入れます。
築地本願寺の場合、もともと有名寺院でもありますし、有名人の葬儀が執り行われるなど人の出入りの多い環境にありますが、この土足のままは入れるというのは人の出入りに大きく影響してると思います。
私も何度か行ったことがありますが、土足じゃなかったら外観からの見物で終わる人も多いんじゃないかと思います。
同じく浅草の東京本願寺(浄土真宗東本願寺派、1981年に大谷派から離脱)も土足のままは入れます。
この前、奈良の東大寺に行きましたがここも土足で入れるので、修学旅行生も含め人の流れがすごいです。
外国にも東本願寺の別院や寺院がいくつかあります。
当然、どこも土足で入れるようになっています。
ちなみにハワイの別院には行ったことがありますが、土足で入れました。
真宗本廟(東本願寺)は土足では入れません。
年に何度も本願寺には行きますが、とにかく広いので履き物を脱いだ場所に戻るのが大変なので、脱いだ履き物を持って歩かなければなりません。
昔はそれが当然だったんですが、西洋文化のあおりか履き物を履いたり脱いだりするのが面倒になりました。
確か、西本願寺は蓮如上人の500回御遠忌の時畳の上にコンパネ引き詰めて土足ではいれるようにしてたんじゃなかったですかねえ。
私も参拝しましたが、これいいなあって思った記憶があります。
ちなみに、今度の宗祖親鸞聖人750回御遠忌は東本願寺も同様にするみたいです。
外国人は家の中でも土足の文化だから、よく人の家に集まってパーティーなんか開きますよね。
家に入るのが気軽なんだと思います。
日本は人の家に上がるのは、ちょっと躊躇しますね。
上がってくださいといわれても、遠慮するのは敷居が高いようになっているんだと思います。
外国の教会などは気軽に入れると思います。
お寺も「どうぞお気軽に参詣ください」という気持ちで受け入れているんですが、案外勝手に入ってはいけないと思われてるところがあるんではないでしょうか。
もしかして、あの階段の時点で面倒なのかもしれませんね。
まあ、世間や時代に迎合すればいいってもんじゃないですが、こういったことがお寺の敷居を高くしている原因ではないかと思っています。
閉鎖的な寺でなく、もっと大衆・民衆にとって身近な存在になるべきだということです。
特に若い世代の人がもっと足を運べるような寺になるべきだということが重要視されています。
もっともだと思います。
そのために様々な工夫がなされています。
お稽古ごとなどをして、足を運んでもらう。
コンサートや演劇、落語の会などを催す。
パーティーのような会を催す。
あの手この手で、少しでも寺を身近に感じてもらい、寺は決して堅苦しいところではないということをアピールします。
マスメディアなどで紹介されてますが、都会の寺はもっと斬新な工夫がなされているようです。
数年前、築地本願寺で超宗派の僧侶が僧衣のファッションショー「東京ボーズコレクション」を開いたのは有名な話です。
その他、ダンスとラップで法話会をしたり、高野山では毎年東京のホテルや、デパートなどで出張カフェや精進料理、写経などのイベントを開催したりということがあるようです。
この前、テレビで見たんですが東京八王子の了法寺という寺院は独自のアニメキャラなどをつくってお寺をアピールしているようです。
私のところ西福寺では、このような寺の開放ということに対する工夫に関して必要は感じていますが、現在のところ特別な取り組みは行っていません。
一方、そういったことに対して批判的な考えを持つ方も多いのは事実です。
批判的な理由は、いくつかあるようですが、どちらが正しいともいえないような気がします。
一応真宗寺院の意義、意味合いからすると寺が開かれることは本義だと思います。
しかし、こんな考え方の寺もあります。
高い塀に囲まれた寺院が、朝決まった時間に門が開き、夕方同じ時間に閉門するような形態は、いつでもどこでも誰にでも開かれた寺院像からすると対照的に閉鎖的なように思えるが、その方がむしろお寺にとってはいいという考え方です。
その理由は、敷居が高い方が大衆・民衆に対して崇高なイメージを与え、ありがたい場所だと感じさせる効果があるということです。
そういえば、真宗では絶対に考えられないことですが、何年かに一度だけ本尊を御開帳するというような寺がありますが、そういった寺は非常に人気が高いですね。
大衆・民衆は寺にそういった崇高でありがたい場所であることも望んでいるのも事実です。
教えよりもその場の空気感が宗教的意味を持つこともあると思います。
なんだか落ち着く、癒されるという雰囲気も寺の役割として大事な要素ではないでしょうか。
話は寺の敷居を低くすることに戻しますが、いろいろな工夫や試みも大事だとは思いますが、現代という時代からして根本的にお寺の敷居が高いと思われている原因があると思っています。
それは、ほとんどの寺が土足のままは入れないということです。
当然、お寺に限らず日本の生活様式は伝統的に建物の中では土足を脱ぐようになっています。
特に真宗寺院は聞法道場の場として存在しおり、参詣して仏教の教えを聞く場ですから、畳の間(外陣、参詣席)が広くなっています。
ほとんどの古くからの寺院は土足では入れません。
しかし、最近建て替えたりした寺院では土足のままは入れることがあるようです。
先ほども名前が出ましたが、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の築地本願寺は現在の建物が昭和初期に建てられたものですが、土足のまま入れます。
| 東京・築地本願寺 |
私も何度か行ったことがありますが、土足じゃなかったら外観からの見物で終わる人も多いんじゃないかと思います。
同じく浅草の東京本願寺(浄土真宗東本願寺派、1981年に大谷派から離脱)も土足のままは入れます。
| 東京浅草・東京本願寺 |
| 東京本願寺の参詣席 |
| 奈良・東大寺 建物内も土足のままで参拝できます |
当然、どこも土足で入れるようになっています。
ちなみにハワイの別院には行ったことがありますが、土足で入れました。
![]() |
| 東本願寺」ハワイ別院 |
![]() |
| ハワイ別院内陣 |
| 東本願寺・御影堂 階段の下で履き物を脱ぐようになっています |
| 土足禁止だとこんなことできるメリットもあります(7年前の写真) |
昔はそれが当然だったんですが、西洋文化のあおりか履き物を履いたり脱いだりするのが面倒になりました。
確か、西本願寺は蓮如上人の500回御遠忌の時畳の上にコンパネ引き詰めて土足ではいれるようにしてたんじゃなかったですかねえ。
私も参拝しましたが、これいいなあって思った記憶があります。
ちなみに、今度の宗祖親鸞聖人750回御遠忌は東本願寺も同様にするみたいです。
外国人は家の中でも土足の文化だから、よく人の家に集まってパーティーなんか開きますよね。
家に入るのが気軽なんだと思います。
日本は人の家に上がるのは、ちょっと躊躇しますね。
上がってくださいといわれても、遠慮するのは敷居が高いようになっているんだと思います。
外国の教会などは気軽に入れると思います。
お寺も「どうぞお気軽に参詣ください」という気持ちで受け入れているんですが、案外勝手に入ってはいけないと思われてるところがあるんではないでしょうか。
もしかして、あの階段の時点で面倒なのかもしれませんね。
まあ、世間や時代に迎合すればいいってもんじゃないですが、こういったことがお寺の敷居を高くしている原因ではないかと思っています。
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宗教、仏教、真宗、寺
2010年9月11日土曜日
大分市組 所長巡回、門徒会研修
9月10日、大分市組の「日豊教務所長各組巡回」が光西寺様で開催されました。
宗派、教区からの御依頼、教化指針、取り組みなどについての説明をいただくのがこの会の趣旨であります。
日豊教務所より隈部所長、梛野主計がご出向くださいました。
大分市組内20ヶ寺の寺族、各寺の門徒役員さんが合計約50名程が出席しました。
主な伝達事項は以下の通りです。
1.宗派、教区御依頼について
2.御遠忌修復懇志金のお扱いについて
3.日豊教区・四日市別院宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌、並びに四日市別院修復事業について
4.門徒戸数調査結果に基づく新割当基準について
5.宗祖御遠忌教区団体参拝について
6.宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を機とする日豊教区総合推進委員会について
7.教区教化研修計画について
8.真宗大谷派本廟維持財団提訴につて
9.御依頼割当基準策定に関する条例・門徒戸数調査に関する条例の一部改正について
10.四日市別院関係について
以上であります。
ご門徒さんからは維持財団提訴の問題のことについて等の質問がありました。
引き続き、日豊教区選出の宗議会議員、長久寺徳瑞議員(大分市組長久寺前住職)さんから宗派の動き、取り組みについてご報告がありました。
長久寺さんは現在、宗議会議長という非常に重要な要職をなさっておられまして、真宗大谷派という教団の存在意義を改めて熱弁されておられました。
特に見真大師号の問題について歴史的検証をもって語られ、我々も門徒としての大事な課題をいただきました。
さらに、この日は大分市組門徒会の研修として、「真宗の葬儀」ということにつての学習会がありました。
大分市組ではこれまで約4年間ほどにわたって、仏事の回復という課題から真宗としての葬儀のあり方について学習と研究、協議を行ってまいりました。
今年7月にはようやく大分市、別府市などの葬祭者との合同協議会を持つことができ、今後は真宗の教義にそった本来的姿の葬儀が執り行われていくものだと思います。
閉会後は、年に一度の大分市組、寺族・門徒会合同の親睦懇親会が行われました。
僧俗の垣根を越えて大分市組の将来などを語り合い、充実した会となりました。
宗派、教区からの御依頼、教化指針、取り組みなどについての説明をいただくのがこの会の趣旨であります。
日豊教務所より隈部所長、梛野主計がご出向くださいました。
大分市組内20ヶ寺の寺族、各寺の門徒役員さんが合計約50名程が出席しました。
主な伝達事項は以下の通りです。
1.宗派、教区御依頼について
2.御遠忌修復懇志金のお扱いについて
3.日豊教区・四日市別院宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌、並びに四日市別院修復事業について
4.門徒戸数調査結果に基づく新割当基準について
5.宗祖御遠忌教区団体参拝について
6.宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を機とする日豊教区総合推進委員会について
7.教区教化研修計画について
8.真宗大谷派本廟維持財団提訴につて
9.御依頼割当基準策定に関する条例・門徒戸数調査に関する条例の一部改正について
10.四日市別院関係について
以上であります。
ご門徒さんからは維持財団提訴の問題のことについて等の質問がありました。
| 会のはじめに、大分市組の納金完納証が隈部教務所長より荷堂組長(常念寺住職)に渡されました |
| 隈部教務所長(左)と梛野主計(右) |
| 光西寺ホールでの会の様子 |
引き続き、日豊教区選出の宗議会議員、長久寺徳瑞議員(大分市組長久寺前住職)さんから宗派の動き、取り組みについてご報告がありました。
長久寺さんは現在、宗議会議長という非常に重要な要職をなさっておられまして、真宗大谷派という教団の存在意義を改めて熱弁されておられました。
特に見真大師号の問題について歴史的検証をもって語られ、我々も門徒としての大事な課題をいただきました。
| 長久寺徳瑞議員(長久寺前住職) |
さらに、この日は大分市組門徒会の研修として、「真宗の葬儀」ということにつての学習会がありました。
大分市組ではこれまで約4年間ほどにわたって、仏事の回復という課題から真宗としての葬儀のあり方について学習と研究、協議を行ってまいりました。
今年7月にはようやく大分市、別府市などの葬祭者との合同協議会を持つことができ、今後は真宗の教義にそった本来的姿の葬儀が執り行われていくものだと思います。
| 「真宗の葬儀」の研修会、講師の大友優さん(光西寺若院) |
閉会後は、年に一度の大分市組、寺族・門徒会合同の親睦懇親会が行われました。
僧俗の垣根を越えて大分市組の将来などを語り合い、充実した会となりました。
| 光西寺近くの「与一」での懇親会、荷堂組長の挨拶 |
| 宮崎門徒会会長(等応寺門徒)の乾杯のご発声 |
| 自坊、西福寺門徒の朝来野真清さん(中央左)と四童子覚さん(中央右)も参加 |
| ほろ酔い気分の長久寺議員と宮崎門徒会長 |
| 最後は大分市組若手で「真宗を語る会」を名目に二次会、三次会・・へ 日付変わった頃には11日誕生日のテッシーの誕生祝いに突入 |
ラベル:
寺院活動
2010年9月9日木曜日
会議 in 熊本
9月8日、今年度1回目の「九州連区青少幼年教化事業連絡会」が開催され、熊本教務所に出向しました。
この会議は、九州の日豊・久留米・長崎・熊本・鹿児島の5教区が連携し、青少幼年対象の教化事業に関する情報交換などをとおして、各教区の充実した活動に繋げていくためのものです。
私もこの会議には、はっきり覚えませんが約15年くらい関わっていると思います。(途中3年ほど担当を離れていました)
各教区から青少幼年教化に関わる代表者がそれぞれ3〜4名、合計約20名が参集しました。
メンバーを見渡すと、熊本の福嶌さんと私が古参メンバーでした。
今年度は、日豊教区が当番教区にため、該当教区の幹事である私が座長でありました。
各教区の報告はいつもながら非常に参考になり、自教区へ持ち帰るお土産が多くこの会の意義を感じます。
その他、本山の動きなども報告がありました。
熊本の福嶌さんは、本当に長年にわたってご尽力いただき青少幼年教化を引っ張ってくださっています。
まさに、この会のエキスパート的存在といってもいいと思います。
この方には、60、70歳になっても青少幼年教化に携わってほしいですね。
お人柄も凄くいい方で、今回もお会いできて嬉しかったです。
この日の協議の中で、この会は通常年2回の会議を開催していますが、今年度は御遠忌の関係で時間を割くことができないので、この1回しか開催できないという結論になりました。
次年度は、任期改選でメンバーが変わることが予測されますが、次年度以降の方向性は変則的ですが新メンバーで協議していただくということです。
この日の出席メンバーのほとんどが、今年度1回開催の方向に賛成という雰囲気だったので私は主張できませんでしたが、私個人としては、無理にでも時間を割いてもう1回開催すべきと考えていました。
私は閉会の挨拶で少し申し上げたんですが、忙しいという言い訳で消極的になっていること自体がある意味問題だと思います。
青少幼年教化が盛り上がらない、充実しないという原因はここにあるのかもしれません。
携わっている人間がそういう意識なんです。
何にしてでもそうですが、「無理をしてでもやろう」という意気込みがなければ、なかなか力が生まれないものだと思います。
しかし、事務方の宗務役員、教務所員さんの忙しさは半端じゃないので、私たちの意気込みだけを主張できないのも正直なところです。
とりあえず、私は私のところで、青少幼年教化を真剣に取り組むことが課題です。
この会議は、九州の日豊・久留米・長崎・熊本・鹿児島の5教区が連携し、青少幼年対象の教化事業に関する情報交換などをとおして、各教区の充実した活動に繋げていくためのものです。
私もこの会議には、はっきり覚えませんが約15年くらい関わっていると思います。(途中3年ほど担当を離れていました)
各教区から青少幼年教化に関わる代表者がそれぞれ3〜4名、合計約20名が参集しました。
メンバーを見渡すと、熊本の福嶌さんと私が古参メンバーでした。
今年度は、日豊教区が当番教区にため、該当教区の幹事である私が座長でありました。
各教区の報告はいつもながら非常に参考になり、自教区へ持ち帰るお土産が多くこの会の意義を感じます。
その他、本山の動きなども報告がありました。
熊本の福嶌さんは、本当に長年にわたってご尽力いただき青少幼年教化を引っ張ってくださっています。
まさに、この会のエキスパート的存在といってもいいと思います。
この方には、60、70歳になっても青少幼年教化に携わってほしいですね。
お人柄も凄くいい方で、今回もお会いできて嬉しかったです。
この日の協議の中で、この会は通常年2回の会議を開催していますが、今年度は御遠忌の関係で時間を割くことができないので、この1回しか開催できないという結論になりました。
次年度は、任期改選でメンバーが変わることが予測されますが、次年度以降の方向性は変則的ですが新メンバーで協議していただくということです。
この日の出席メンバーのほとんどが、今年度1回開催の方向に賛成という雰囲気だったので私は主張できませんでしたが、私個人としては、無理にでも時間を割いてもう1回開催すべきと考えていました。
私は閉会の挨拶で少し申し上げたんですが、忙しいという言い訳で消極的になっていること自体がある意味問題だと思います。
青少幼年教化が盛り上がらない、充実しないという原因はここにあるのかもしれません。
携わっている人間がそういう意識なんです。
何にしてでもそうですが、「無理をしてでもやろう」という意気込みがなければ、なかなか力が生まれないものだと思います。
しかし、事務方の宗務役員、教務所員さんの忙しさは半端じゃないので、私たちの意気込みだけを主張できないのも正直なところです。
とりあえず、私は私のところで、青少幼年教化を真剣に取り組むことが課題です。
| 熊本教務所入り口 呉服町電停の前です。 |
| 熊本教務所、本堂 |
| 本堂内部 |
| 熊本教務所 数年前建替えました。立派な会館です。 |
| 熊本教務所2F、仏間 |
ラベル:
寺院活動
2010年9月7日火曜日
大分川河川敷レポート
私の趣味はジョギングです。
様々なコースを走りますが、フランチャイズコースは大分川河川敷です。
大分川河川敷は河口より賀来橋まで、約10kmにわたり堤防の上下に歩行者自転車専用道路がついています。
その間をいろいろな組み合わせで、10〜20kmほどの距離をだいたい週5日くらい走っています。
ほぼ毎日走ってますと、本当にいろんな発見をします。
そこで、今日は河川敷について語らせていただきます。
上流から下流にかけて道は繋がっていますが、河川敷の景色はかなり違います。
はっきりいうと、河口に近い舞鶴橋周辺はとてもキレイなんですが、上流に行くにつれてだんだん整備の度合いが低くなっているように思います。
私は河口から川沿いにかけて、約8.5kmくらいの所に住んでるもので、住民からすれば不益というか格差を感じてしまいます。
約10kmの間はどこもジョギング、ウオーキング、犬の散歩、サイクリング、通勤、通学、車椅子ランナーなど人の往来がまんべんなくあります。
しかし、くつろいでる人や遊んでいる人の数は河川敷の整備されたところの方が圧倒的に多いです。
つくづく環境整備って大事なんだなあと思います。
キレイな町づくりや町並みは人のこころを豊かにすると思います。
ゴミのポイ捨て一つとってもキレイなところでは捨てにくくなったりということがあるのではないでしょうか。
東京は結構キレイなところが多くなったと思います。
場所にもよるんだと思いますが、外国も観光地に限ってはどこもキレイだと思います。
こういうのが治安の善し悪しにも繋がるんだと思います。
ニューヨークのハーレムなんかも最近はキレイになって、昔ほど危なくないと聞いたことがあります。
もちろん経費のかかることなんでどこもという訳にはいかないでしょうが、なるべくそういうところにお金を使って住民のこころが豊かになる社会を推進することも大事だと思います。
以下、写真で様子をレポートします。
様々なコースを走りますが、フランチャイズコースは大分川河川敷です。
大分川河川敷は河口より賀来橋まで、約10kmにわたり堤防の上下に歩行者自転車専用道路がついています。
その間をいろいろな組み合わせで、10〜20kmほどの距離をだいたい週5日くらい走っています。
ほぼ毎日走ってますと、本当にいろんな発見をします。
そこで、今日は河川敷について語らせていただきます。
上流から下流にかけて道は繋がっていますが、河川敷の景色はかなり違います。
はっきりいうと、河口に近い舞鶴橋周辺はとてもキレイなんですが、上流に行くにつれてだんだん整備の度合いが低くなっているように思います。
私は河口から川沿いにかけて、約8.5kmくらいの所に住んでるもので、住民からすれば不益というか格差を感じてしまいます。
約10kmの間はどこもジョギング、ウオーキング、犬の散歩、サイクリング、通勤、通学、車椅子ランナーなど人の往来がまんべんなくあります。
しかし、くつろいでる人や遊んでいる人の数は河川敷の整備されたところの方が圧倒的に多いです。
つくづく環境整備って大事なんだなあと思います。
キレイな町づくりや町並みは人のこころを豊かにすると思います。
ゴミのポイ捨て一つとってもキレイなところでは捨てにくくなったりということがあるのではないでしょうか。
東京は結構キレイなところが多くなったと思います。
場所にもよるんだと思いますが、外国も観光地に限ってはどこもキレイだと思います。
こういうのが治安の善し悪しにも繋がるんだと思います。
ニューヨークのハーレムなんかも最近はキレイになって、昔ほど危なくないと聞いたことがあります。
もちろん経費のかかることなんでどこもという訳にはいかないでしょうが、なるべくそういうところにお金を使って住民のこころが豊かになる社会を推進することも大事だと思います。
以下、写真で様子をレポートします。
| 弁天大橋〜舞鶴橋付近(河口より1〜2km) この辺はとてもキレイで、公園的役割をもちます。 夕方涼んでいる人、昼間はサラリーマンの人が休んだり、子連れで遊んでる人も多いです。 草刈りも頻繁に行われているし、夜も多くの街灯があって安全です。 |
| 舞鶴橋付近 こんな、トレーニング器具もあります。(市が設置したらしい) |
| 舞鶴橋〜滝尾橋付近(河口より2〜3km) ちょっと上流に来るだけで、ただの河原になります。 |
| 滝尾橋上流付近(河口より3.5km) 野球のグランドがありますが、その周辺は草野原です。 |
| 同じく滝尾橋上流付近(河口より3.5km) せっかく広い場所があるのに草を刈ってないので立ち入りにくいです。 |
| 広瀬橋下流付近(河口より4.5km) 堤防と川岸の間にかなり広範囲に竹やぶがあり、中はうっそうとしてゴミなども多いです。 |
| 同じく広瀬橋下流付近(河口より4.5km) 堤防と川岸を竹やぶが遮断しています。 対岸もうっそうとしています。 |
| 広瀬橋上流付近(河口より5km) この日も除草作業をしていました。 いつもいずれかのところで行われていますが、頻度に格差があります。 経費はかなりかかると思われるので、いつもどこもキレイっていう訳にはいかないでしょうね。 |
| 縦割り行政の極みです。 国土交通省、県、市などの管轄のことでこうなります。 堤防上の道路の管轄がその周りの除草を請け負いますので、1メートル幅位で草が残ってます。 どうにかならないんでしょうか? |
| 広瀬橋上流付近(河口より5.5km) この時期、堤防付近はキレイに草が刈られてます。 野球のグランドがありますが、周りが草むらと薮なのでいつもボールを失ってます。 |
| 広瀬橋〜府内大橋付近(河口より5.5km) 昨年、この辺は「ホタルの散歩道」と称して1.5kmにわたって、15mおきに歩道灯が設置されました。 こういうのが、社会的に効力があると思うんです。 夜はとてもキレイです。 ただ残念なことに、設置後すぐに2,3基壊されるいたずら(ニュースになった)に遭いました。 |
| 府内大橋下流付近(河口より6km) この辺も河川敷に広い場所があるんで、公園的な雰囲気に整備できないですかねえ。 学校もありますし、人口も多い地区なんで価値があると思うんですが。 |
| 府内大橋下流付近(河口より6km) この辺はよくバーベキューなどをしている団体が多いですが、決してロケーションはよくないです。 逆にあまりキレイに整備すると、最近話題になってる都会の河川敷でのバーベキューマナーの悪さというような問題を引き起こすことになるんですかねえ。 |
| 府内大橋上流付近(河口より7km) 野球場などがあり、利用者も多いし、時にはイベントなども行われるところです。 だからこそ、もっと整備を望みます。 |
| 府内大橋〜明磧橋付近(河口より7〜8km) この間は約1kmくらい、こんな感じです。 川岸に木が多く堤防から川が見えません。 防災のためにこれらの木は必要なのかもしれません。 この辺の河原でくつろいだりしている人は皆無と言っていいです。 この辺から、賀来橋までは街灯もなく夜は真っ暗です。 女性の方などは絶対一人で通らない方がいいと思います。 |
| 府内大橋〜明磧橋付近(河口より7〜8km) たまたまですが、堤防の上の道沿いは賀来橋まで草が伸び放題です。 時期がたまたまとはいえ、舞鶴橋付近とは除草頻度の格差があるのは確かです。 |
| 明磧橋下流付近(河口より8km) この辺も川岸にほとんど近づけません。 世間では子どもたちに川に行ってはいけませんといいますが、それは整備してないからです。 整備すればそれほど危険な場所ではないと思います。 不審者なども絶対減ると思います。 |
| 明磧橋上流付近(河口より8.5km) この辺りは私の自宅から50mくらいのところです。 河原がもっとキレイに整備されると人が集まり、地域コミュニケーションの場になるはずです。 私が子どもの時分は草滑りやつくし取りなどして遊んだものですが、今はほとんど子どもを見ません。 |
| 明磧橋上流付近(河口より9km) ここから賀来橋までの約1kmはこんな感じが続きます。 |
| これは堤防沿いにある車道側の様子 草がもう少し伸びるととても危ないんです。 縁石が見えなくなり車がよく堤防にぶつかってます。 それと堤防から降りてくる人が車から見えなく、事故に繋がるということです。 この辺は是非なんとかしてほしいです。 |
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