東北地方太平洋沖地震で犠牲に遭われた方々には衷心より哀悼の意を表し、被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。

東北地方太平洋沖地震で犠牲に遭われた方々には衷心より哀悼の意を表し、被害に遭われた方々には心からお見舞
い申し上げます。

2011年4月10日日曜日

第36回大分合同諸流いけばな展

4月7日(木)〜12日(火)「第36回大分合同諸流いけばな展」がトキハ本店8階南催し場で開催されています。
この花展は大分県華道協会と大分合同新聞社の主催で毎年この時期に開催されます。
花展は前期(7日〜9日)、後期(10日〜12日)があり前期と後期で出瓶者が入れ替わります。
今年度は、華道本能寺、いけばな一葉会、池坊、未生流中山文甫会、専心池坊、新池坊、未生流、宏道会、嵯峨御流、悟自然流、知香流、草月流、小原流と県内の13流派が参加しています。
前期、後期ともに約150点、計約300点の作品が展示されました。

春の季節に相応しい色とりどりの花材で、会場はまさに華やな雰囲気に満ちています。
私も不肖ながら後期花展に出瓶(池坊)させていただいております。


現在、日本いけばな芸術協会に登録している流派は300〜400くらいあるといわれています。
その中でもその発祥とされるのが池坊であります。
池坊、草月流、小原流が三大流派といわれていますが、さらに枝分かれをして現在の数となっています。
最近ではフラワーアレンジメントの人気が強いですが、伝統的ないけばなの流派の良さも再認識できる花展だと思います。
各流派が一同に会しての花展なので、それぞれの特徴を比較して鑑賞することができると思います。
お時間のある方は是非会場に足をお運びいただけたら嬉しく思います。
※ただし入場料が必要です。(300円、前売り200円)
※私に一報くだされば招待券をお譲りします。
会場入口
今回の入口迎え花担当は池坊です
後期生け込みの様子
4月9日、夜
会場の様子
私の作品
花型:自由花
花材:ラッパ水仙、御殿場桜、赤柳、カラー、ヒペリカム、鳴子ラン 
会場入口外の各流派の迎え花
いずれも大作です 
池坊の迎え花
池坊の先生方の作品
今回の出瓶者一覧

大分市中央仏教会「花まつり」

4月8日は「花まつり」でした。
ご存じの方がどれほどいらっしゃるかはわかりませんが、お釈迦様の誕生を祝う仏教行事であります。
「灌仏会」や「降誕会」というような呼び方もあります。
お釈迦様の誕生については明らかでない部分もありますが、日本では北伝仏教の流れをくんで中国の旧暦4月8日を誕生の日としています。
ちなみに南伝仏教ではインドの太陽太陰暦から2月15日としているようです。

お釈迦様は今から二千五百年ほど前、カビラ国(現在のインド北部)の王子(父はシュドーダナ、母はマーヤ夫人)として誕生されました。
百花咲き乱れるルンビニー園の無憂樹のもとでお生まれになりました。
お釈迦様の誕生時には誕生をお祝いした天の神々、梵天、帝釈天が、甘露をそそいでお身体を清められたという言い伝えにより、降誕会には花御堂の誕生仏に甘茶をかけるのです。
お釈迦様はお生まれになってすぐに七歩進まれ右手で天を指し、左手で地を指し「天上天下 唯我独尊」とおっしゃいました。
もちろん事実ではなく、エピソードとして語り継がれているだけです。
しかし、このエピソードには仏教の大切な意味を含んでいます。
「天上天下 唯我独尊」というのは「天の上にも天の下にも(この世において)ただ我ひとりにして尊し(無上尊となるべし)」ということです。
お釈迦様が「この世において私だけが尊い」とおっしゃったのではありません。
「この世において私という存在はひとりしかいなからこそ尊い」という意味です。
私には代わりとなる人がいないんです。
「無上尊」というのは上が無いくらい尊い(当然下も無い)ということですから、比べられないということです。
「人間は皆、比べることなく無条件でひとりひとりが尊いんです」ということです。
また、七歩進まれたというのにも意味があります。
七歩ということは、当たり前ですが六歩を超えたということです。
仏教には六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)という人間の迷いの世界が説かれていますが、七歩ということは六道を超えるということなんです。
迷いの世界を超えて仏の世界、すなわち浄土に生まれるということです。
拙ブログのタイトル(「往生のススメ」)にもありますように、浄土に生まれるということが「往生」ということです。
人間は迷いの存在ですが、迷いの中にあっても着実に往生の道を生きることが仏道であります。
このことを示すためにお釈迦様の誕生がエピソードとして語り継がれてきたのです。
そして、その私たちにとって大切なことをお示しくださったお釈迦様の誕生を仏教徒としての喜びとして祝ってきたのが「花まつり」です。

昨日、4月8日は相変わらずですが、この「花まつり」がマスメディアなどで取り上げられることはほとんどありませんでした。
キリストの誕生とされる12月25日のクリスマスはあんなに世間で大騒ぎをするのに、この冷ややかさは何なんでしょう。
明らかに仏教徒のほうが多い日本でこんなことでいいのでしょうか?
情けない気持ちでいっぱいですが、どうしてこうなったのか理解に苦しみます。
今や年配の方でも「花まつり」を知らない方が多いのに驚きます。
私たち仏教関係者の努力不足も認めないわけにはいきませんが、マスメディアの資質も問われるべき問題だと思います。
今年私が気付いた中で、メディア関係でこの花まつりについて触れていた唯一のものは、4月6日の「笑っていいとも」でタモリがゲストとの会話の中で「4月8日はお釈迦様の誕生日」と言っていたことだけです。

大分には大分市中央仏教会(現大分市全域を対象とした組織ではありません)というのがありまして、宗派をこえて活動している会があります。
大分市中央仏教会では毎年「花まつり」の行事を行っています。
今年も4月8日の午後大分市中心部にて「花まつり」を行いました。
大分市末広町の光西寺(真宗大谷派)を出発地にして、セントポルタ中央町〜ガレリア竹町〜トキハ前〜大分駅前〜光西寺、というように市内中心部を1時間半ほど練り歩きました。
今年は東日本大震災の直後でもありましたので、震災の復興義援金を募金いたしました。
近年大分市中心地の人通りが少なくなってきたということもあるのでしょうが、残念ながら結果として我々の意気込みが伝わるような盛り上がりは見られません。
しかし、毎年工夫を凝らして取り組んでいます。
続けることの大切さもあります。
これからも地道ながらアピールし続けていかなければならないと思います。
光西寺本堂でのお勤め
この日はあいにくの雨でしたので、本堂内で行いました
大分市中央仏教会、大友滋会長(光西寺住職)のご挨拶
光西寺境内の桜もほぼ満開でした
セントポルタ中央町を練り歩く
花御堂を背に乗せた白ゾウ
花御堂の誕生仏
この誕生仏に甘茶をかけるので「灌仏会」といいます
震災の復興義援金を募金しました
ガレリア竹町でのお勤め
義援金をいただきました方々には心より御礼申し上げます
子どもたちの灌仏の様子
灌仏くださいました方々には記念に腕輪念珠をさしあげました
我々の活動に対して商店街の方からお茶の差し入れをいただきました
ありがとうございました
トキハ前での活動

2011年4月5日火曜日

震災義援金について

各地、各所で東北地方大震災に対する義援金活動が活発になっています。
日本赤十字社と中央共同募金会にこれまで寄せられた義援金の総額は1100億円を超え、阪神大震災の時と比べても数倍早いペースということらしいです。
また、その他のところに集められた義援金や救援物資を含めると本当に多くの方々からの支援の気持ちが届けられているということです。
芸能プロダクションのジャニーズのタレントらが取り組んだ「Marching J」という被災者支援プロジェクトでは3日間で約39万人もの方々が集結して支援活動を行ったというのは驚きです。
その他の著名人やスポーツ選手の活動や呼びかけも大きな力になっているようです。
個人で多額の義援金をする方もいます。
石川遼(今季の賞金全額寄付)、イチロー(1億円)、松坂大輔(8000万円)、松井秀喜(5000万円)、ダルビッシュ(5000万円)らのスポーツ選手も多額の義援金を送っていますし、久米宏(2億円)、SMAP(計4億円)、宇多田ヒカル(8000万円)、安室奈美恵(5000万円)、海外からはレディー・ガガ(1億2000万円)、ペ・ヨンジュン(7300万円)など、いくら高収入とはいえすごい額です。
各企業もかなりの義援金を送っていますが、ユニクロの柳井会長、楽天の三木谷社長はいずれも個人で10億円、極めつけはソフトバンクの孫正義社長がなんと100億円を個人で送っています。
しかしなんといっても、高額でなくても本当に一人ひとりが精一杯の気持ちを込めて送ったものが積み重なって大きな支援の輪になっていることが素晴らしいことであります。
こういった状況の中で、信じられないことに義援金を盗むという事件が相次いで起こっています。
それとは別に、義援金詐欺も起きています。
今回の震災の日本人の対応は世界的にもかなり評価されて、せっかく「さすが日本人」と思われていたのに残念です。
やっぱり世の中には不届き者がいるんですね。
実際には被災した家に盗みに入ったり、壊れた車両からガソリンを抜いたりという細かい事件も起きているみたいです。
さて、拙ブログ3月16日「東北地方太平洋沖地震と義援金」でも記しましたが、義援金に関わる諸問題はたくさんあります。
私のお寺が所属する真宗大谷派も「災害救援金」として募金活動を行っています。
先日の本山(東本願寺)での「被災者支援のつどい」でも各所に大きな「災害救援金」の箱がおいてありました。
ちなみに「被災者支援のつどい」の団体参拝の際に参拝した奈良の東大寺や法隆寺ではあれだけの観光客が来るお寺にもかかわらず、とても小さな義援金箱が数個あるだけでした。
元々奈良仏教の寺は鎮護国家のために建てられたものということを考えると積極的に支援活動をしてもよさそうなんですが、それに反してあまり積極性が見られなかったのは意外というよりもガッカリしました。
真宗大谷派の話に戻りますが、宗派で募っている「災害救援金」の方途がちょっと気になったので春の彼岸前に本山宗務所に問い合わせをしました。
結論としては「まだ決まっていない」ということでした。
「じゃあ阪神大震災や中越地震の時はどうしたんですか?」と問い返すと、「該当教区に見舞金、被災した寺に見舞金を、その他‥‥」ということでした。
当寺院も真宗大谷派に所属する寺院として、同じ仲間が困っている状況に支援の手を伸ばしたいという気持ちは十分ありますが、今回の震災の深大さを思うと「同志だけ助かればいいのか?」という疑問点もあります。
そういう迷いもありますが、私の取るべき態度としては、結局はどちらのかたちでも支援をさせていただこうということに落ち着きました。
しかし、気持ちの比率は全ての被災者に公平に分配することができる機関への割合が明らかに大きくあります。

義援金を公平に取り扱うことのできるいくつかの機関がありますが、その中でも最も大きな機関が「日本赤十字社」であります。
義援金については未だ被災地に行き届いていないということが疑問視されてるようですが、一戸あたりの分配はまだでも既に医療支援や物資支援など多方面にわたって支援活動がなされています。
一方、日本赤十字社に対して疑惑の目をもっている人がいるのも事実です。
例えば運営経費が義援金から差し引かれているとか、天下りの職員がいるとか、職員の優遇がすごいというような指摘があるようです。
ちなみに日本赤十字社はスイスに本部をおく国際組織であり、政府とも関わりを深く持っている団体です。
特殊法人であり、皇后陛下(美智子皇后)が名誉総裁で代表者は旧皇族関係の方が着くなどもともと宮内庁と密接な関係のある団体のようです。
また、各都道府県にある支部の代表も知事が務めることが多いようです。
天下り、待遇など件は改善すべき点はあるでしょうが、もともとこの団体の活動は社員と称される個人や企業などの献金で成り立っています。
つまりサポーターみたいな会員が大勢いるということです。
今回集められた義援金については一銭も運営経費に当てられることは決してありません。
全額義援金として使用されるようになっています。
実績もさることながら非常に多くにネットワークを持っている団体で、私は最も信用のおける団体だと思っています。
被災者一戸あたりいくらというような段階にないことは事実のようですが、尊い義援金が間違いなく有効に扱われると思います。

少し前の話になりますが、当寺院の春季彼岸會法要より義援金箱を設置しましたが、その際2つの義援金箱を設置しました。
1つは真宗大谷派が募っている「災害救援金」、もう1つは「義援金」(日本赤十字社に届ける旨)です。
支援くださる方の意志に合うように選択いただきたいということからこのようにしました。
この前投稿したブログ「東北地方太平洋沖地震と義援金」でも申しましたが、集めた義援金の行き先を明示することと強要的にならないような配慮が必要であります。
2つの義援金箱
(右)東本願寺(本山)へ届ける「災害救援金」
(左)日本赤十字社へ届ける「義援金」
義援金に関する断り書き
既に別所で済ませられている方には強要しない旨の一文があります
これをやっていない義援活動は自己満足に過ぎません。(ちょっと極端な意見ですが…)
最後はどこに持って行くくらいのことは言わないと反則です。
そういう意味では本山(真宗大谷派)の集め方も如何なものかと思います。
ましてや、同志が助かればいいみたいな同族意識が強いやり方は「同朋社会の顕現」を謳う真宗大谷派なる教団としてはあるまじき態度ではないかと思っています。
結局、当寺院の義援金箱は日本赤十字社に届ける方が額面において軍配が上がりました。
額面を勝負するのは非常にナンセンスですが、常識的な判断がなされたと思っています。
もちろん「災害救援金」の方は先日の「被災者支援のつどい」にお参りさせていただいた折に本山(東本願寺)に設置されていた「災害救援金」箱に入れてきました。
皆さん、義援金は無闇無鉄砲にするのではなく、慎重な判断のもと投じるところを選ぶくらいのことは心がけましょう。

2011年3月29日火曜日

被災者支援のつどい

当初予定されていました本山(東本願寺)での「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要」は東日本大震災の現実と福島原発の深刻な事態を鑑みて第一期法要(3月19日〜28日)を中止しました。
しかし今回の御遠忌法要にかわり真宗本廟(東本願寺)にて「被災者支援のつどい」として法会が開かれました。
当寺院が所属する日豊教区大分市組では第一期法要(3月26日参拝)に団体参拝する予定でしたが、御遠忌法要中止を受けて参拝中止を決定しました。
(大分市組では第2班として第三期法要にも団体参拝の予定があります。)
しかし、当初参加予定されていらっしゃった方の「被災者支援のつどいというかたちになってもどうしても本山にお参りしたい」という声をいただきましたので希望参加ということで参拝をいたしました。
当初200名以上の参加予定者でしたが50名弱の参加希望者があり、団体を縮小してでの参拝を行いました。
当寺院は第2班(第三期法要)に該当していましたが、第一期法要にお参りされたいというご門徒さんが2名おられましたので私を含め計3名でお参りさせていただきました。
(当寺院から第三期法要には20名以上の方が参拝予定です。)
結局今回の「被災者支援のつどい」には、光西寺さんのご門徒さんと当寺院だけの参加となりましたので「光西寺・西福寺団体参拝」という名称となりました。
3月25日〜28日までの3泊4日(船中2泊)、参拝でした。

【行 程】
3月25日(金)
光西寺発(13:00)〜《バス》〜新門司港発(17:00)〜《名門大洋フェリー》〜
3月26日(土)
大阪南港着(5:30)〜《バス》〜本山(真宗本廟)着(8:00)〜「被災者支援のつどい」参拝(9:30〜11:00)〜「みやこめっせ」にて昼食(13:15〜)〜京都市立美術館親鸞展」見学(14:15〜13:15)〜比叡山参拝(16:15〜17:15)〜「ホテル平安の森京都」夕食・宿泊
3月27日
ホテル発(8:45)〜青蓮院参拝(9:00〜9:45)〜東大寺大仏殿参拝(11:00〜12:00)〜奈良市内で昼食(12:10〜)〜法隆寺参拝(14:00〜15:30)〜神戸港発(18:30)〜《フェリーさんふらわあ》〜
3月28日
大分港着(5:50)〜解散

京都は数日前から寒さが厳しい状況だったそうですが、我々が参拝した26日も非常に寒く時折雪が降るような天候でした。
本山(真宗本廟)には8時に到着しました。
修復された御影堂
御遠忌法要に予定されていた能舞台などは使われていません
最初に現在修復を控え素屋根がかけられている阿弥陀堂にて記念撮影を行いました。
その後、阿弥陀堂・御影堂屋根の見学のほか、各教区が取り組んだ御遠忌讃仰事業のブース、御遠忌テーマ表現アート展、御修復のあゆみ展などを見学しました。
御影堂屋根見学から境内の様子
雪が舞ってます
修復された御影堂の屋根瓦
9:30より勤められた「被災者支援のつどい」は以下のような内容でした。

1 真宗宗歌
2 開会のことば(大谷暢顯門首)
3 宗務総長挨拶ー被災者支援のつどいを開催するにあたってー
4 勤 行(同朋唱和)
5 災害救援本部長からの報告ー被災地の現況と支援の報告ー
6 法 話
7 閉会挨拶ー被災者支援に向けてー(宗務総長)
8 恩徳讃斉唱

【開会のことば】(大谷暢顯門首) 
本日、真宗本廟において、宗祖親鸞聖人と、ご参集の御同朋の皆さまと共に、東北地方太平洋沖地震災害「被災者支援のつどい」を開催いたします。 
まず、このたびの激甚災害により尊い生命を奪われた方々に、謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災され深い悲しみと大きな不安のなか、今なお苦しい生活を余儀なくされておられる全ての方々に、心からお見舞いを申し上げます。 
このたびの巨大地震・大津波による甚大な被害、そして原子力発電所の極めて深刻な事態により、今、私たち真宗門徒は、この現代を生きる人間の真のつながりを、南無阿弥陀仏の教えから、厳しく問われています。 
今日の「つどい」において、一人ひとりが被災地に思いを馳せ、悲しみを共にすることを願いますとともに、今こうして、宗祖聖人の御真影まします真宗本廟に集う重大な意味を受けとめたいと思います。 
そして、相共に念仏申し、被災地支援の活動を推進いたし、いよいよ自信教人信の誠を尽くし同朋社会の顕現に努めてまいります。 
2011年3月 
真宗大谷派門首 大 谷 暢 顯

【宗務総長挨拶】(要旨) 
3月11日に発生した未曾有の巨大地震と大津波によって、東北・関東をはじめ、国内の広範な地域に甚大な被害がもたらされ、なおかつ、原子力発電所は極めて深刻な事態が続き、今なお全く予断を許さない状況にあります。 
まず、このたびの震災により生命を奪われた、実に多くの方々に、衷心より哀悼の意を表しますとともに、親しい方を亡くされ、また、ご家族の安否もままならず、今なお深い悲しみの中で、苦難の生活を強いられておられる全ての皆さまに、心よりお見舞いを申し上げる次第であります。 
また、このたびの第一期法要中止につき、大変ご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。 
巨大地震、大津波、そして原子力発電所の深刻な事態。かかる激甚災害の現実を厳粛に見据え、全力を挙げて災害救援活動に取り組むため、今回「被災者支援のつどい」として、ここ「真宗本廟(東本願寺)」における法会を開かせていただいたことであります。 
さて、連日の報道からもご承知のとおり、被災地の方々がおかれております状況は、日を追うごとに苦痛を増しております。 
本当に多くの方が、一瞬にして大切な人を亡くされ、それまでの生活の場を失われ、また、未だご家族の安否すらわからず、探す方途もないという、本当につらく、悲痛としかいいようのない毎日を、ひたすらに耐え、懸命に生き抜いておられます。
そのうえ、原子力発電所の深刻な事故に曝され、物資の不足をともなって、重大な危機状況におかれております。 
決して安易に申すものではございませんが、国内外の支援により継続中の救援活動、原発沈静に向けた活動が、いよいよ実を挙げ、一刻も早く、被災された皆さまの安定し た生活が確保され、一日も早い被災地の復興を願わずにはおれません。 
宗派におきましても、震災直後から被災地の寺院・ご門徒をはじめとする現地の状況把握に努め、救援金の募集、救援物資をともなった救援チームの派遣など、直ちにできることから間断なく対策を講じております。今後も、現地での活動は大変過酷なものでありますけれども、力を尽くしてまいる所存であります。 
今回の震災による原子力発電所の極めて深刻な事態は、経済至上・科学絶対主義と表わされる人知の闇が、まさしく露わになった事実であります。
このことは、私たちの生活を根底から問い直させる、たいへん重要な意味をもっておりますことは言うまでもありません。 
まずは、第一に、現在の原子力発電所自体の危機状況が、一刻も早く収束することを願うものであります。
それとともに、刻一刻と脅威が増大する現場に立ち向かい、これ以上の放射能拡散を留めようと尽力しておられる方々に、心から敬意を表したいと思います。
原子力発電所の職員の方々、自衛隊、警察をはじめ実作業に当たられている方々にも、もちろん家族があり友人があることです。
そのなかで、あきらめることなく、文字通り、命がけで作業を続けておられます。
いかに人間が作り出した結果と申しましても、たいへん心を痛める事態であります。 
このような凄惨な事故を生み出す原子力発電所に頼る生活を営んでおりますのは、ほかならない私たちであります。
あらためて、一人ひとりが、原子力に依存する現代生活の方向というものを、考え直さなければなりません。
進歩発展を疑ってもみない私たちの日ごろの心の無明性を、厳しく教えてくださるものは、如来の「はたらき」をおいて他にございません。 
今回の激甚災害により、「念仏の教え」から私たち自身が問われています。
親鸞聖人が顕かにされた浄土真宗を、私たちは、はたしてどのように受けとめてきたのか。
そして、いかに自身の生き様として証していくのか、と。 
私たちは、自らの生活のありようを振り返り、現代という時代状況を作っている一人の人間として、この現実を引き受ける責任があります。
いかに厳しくとも、現実を身の事実として引き受け、歩まねばなりません。 
今、私たちは、何をなさねばならないのでありましょうか。 
この「つどい」において、重ねて、親鸞聖人のお声に耳を傾けたいと思います。 
激甚災害に遭われたすべての方々を、一人ひとりが思いやり、いま自分をこの場所に押し出してくださった方々に感謝しつつ、精一杯の救援活動を行ってまいりましょう。
そして、その基となるべきものとして、親鸞聖人の、「「十方衆生」というは、十方のよろずの衆生なり。
すなわち われら なり」(尊号真像銘文)という言葉を、大切に、大切に、受けとめてまいりましょう。 
被災の方々に思いを馳せ、悲しみを共にすることを願って、いよいよ「人間回復の一道」を証してまいりたいと思います。 
 2011年3月 
                          真宗大谷派宗務総長 安原  晃 

以上のようなご挨拶がありこの「つどい」(法要)の意義をあらためて確かめさせていただきました。

また、被災者支援のつどいに寄せられたメッセージとしてお二方のメッセージが紹介されました。

【宮崎哲弥氏(評論家)】
去る 3月11日に発生した東北関東大震災。
日本人の原風景ともいえる町並みや田畑が津波にのみ込まれていくさまは、私たち自身の大切なものが奪われていくようでした。 
犠牲者の方々に深く哀悼の意を表しますとともに、悲しみの中で避難生活を強いられております皆様に心よりお見舞い申し上げます。 
私は、昨年10月から真宗大谷派が提供しているBS-TBS「こころのすがた」という番組でナビゲーターを勤めさせていただき、各界の方々との対話の中に「現代人の生き方」や「生きるヒント」のようなものを少しでも番組視聴者に感じ取っていただきたいと思ってきましたが、今あらためて、仏教の縁起と慈悲の重要性を痛切に感じています。 
「復興の日」という言葉をまだかんたんには使えないと思います。
それでも共に生きる中で皆さんの心の中に少しずつ希望の光が差し始めることを祈っています。  


【大谷昭宏氏(ジャーナリスト)】

生きていることの無常さを感じる。
去っていった命の無念さを思う。
被災地に降りしきる雪の無情さを恨む。
画面を通じて伝えることしかできない 己の無力さを憎む。 
だが、電気の通じていない避難所には、その伝えたいことさえ届かない。 
どうしよう。どうしよう。
だけど、いまはその無力さを微かな、でも確かな微力に変えよう。 
みんなの微力が集まったとき、微かな灯が一筋の力強い光になることを信じて。


このように各氏からのメッセージも大切な問題提起としていただきました。
被災者支援のつどいの様子
法要変更にもかかわらず、当初予定の7割くらいの方の参詣がありました
堂内各所にモニターが設置されています
「被災者支援のつどい」の趣旨文
「被災者支援のつどい」終了後には晴れ間がでてきました
今回の法要中止から「被災者支援のつどい」開催については宗派内において賛否の声が多々寄せられているのも事実であります。
本山も参拝する私たちも非常に難しい判断を余儀なくされた状況でありました。
50年に一度という大法要に際し、これまでそれぞれの方がそれぞれの思いで数年かけて待ち受けてきました。
そういう意味ではほとんどの方が、「御遠忌法要として予定通りお勤めしたかった」という思いは捨てきれずにいると思います。
しかし今回はまさに未曾有の事態であり、被災者の方々に寄せる思いも皆同じだと思います。
そこで、後ろ髪を引かれながらも50年の一度という機縁に増して、さらに稀有なご縁をいただいたこととしてこの「被災者支援のつどい」に遇わさせていただいたのも非常に意義のあることだと思います。
今回ご参拝された方々も当初の参拝の趣旨とは違ったにもかかわらず、「お参りさせていただいてよかった」と皆さんおっしゃってくださいました。
法要中も非常に寒かったんですが、「被災者の方々のご苦労を思えば・・・」という気持ちが強く不足な感情は全くありませんでした。
今回の惨事はある意味、宗祖のお示しくださった大切な念仏の教えが本当に響いてくるような千載一遇の機縁として、はたらきとして受け止めなければならないのではないでしょうか。

ちなみに、昨日(3月28日)本山より第二期法要(4月19日〜28日)、第三期法要(5月19日〜28日)についても「被災者支援のつどい」の願いを引き継ぎ法要次第及び荘厳を一部変更して厳修するという発表がありました。

2011年3月24日木曜日

スポーツ選手、タレント、ミュージシャンの支援活動

3月23日、震災の影響で開催が危ぶまれていたセンバツ高校野球が開幕しました。
プロ野球と違い3年間しかない高校野球生活のなかで、やっとつかんだ甲子園出場なので、こういう状況にもかかわらず開催したことを非難する人はほとんどいないと思います。
しかし、入場行進を行わないなど運営を簡素化しているようです。
また、大会スローガンに「がんばろう!日本」をかかげ、開会式のはじめに震災で犠牲になられた方々へ黙とうをささげました。
特に印象深かったのは創志学園(岡山)の野山主将の選手宣誓でした。
宣誓。私たちは16年前、阪神大震災の年に生まれました。いま、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は仲間に支えられ、大きな困難を乗りきることができると信じています。私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。「がんばろう!日本」。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。
以上が全文で、素晴らしい言葉に感動しました。
東北代表の光星学院(青森)と東北高校(宮城)も含め出場32校が憧れの舞台で精一杯がんばって欲しいと思います。

一方、プロ野球の方はセ・リーグの開催方針が世間の非難を集めています。
ファン、選手側と球団側に思いや感覚にかなりの開きがあるようです。
特に読売巨人軍の意向が色濃いようですが、巨人というチームの悪しき古き時代の体質そのものが浮き彫りになった感が否めません。
私は20年くらい前に巨人ファンをやめましたが、いまだに巨人ファンなんていうと恥ずかしい時代に突入してると思います。
話はそれましたが、こういう話は先の高校野球とは、全く違う次元の話です。
高校野球は見せるためのものではありません。
その真剣さに自ずとこっちが引きこまれてしまうんです。
私が思うに、開催や運営面についての議論とは別に、プロスポーツ選手が活躍して被災者に勇気を与えるなんていうのは幻想だと思っています。
スポーツだけでなく、多くのタレントが出て被災者を応援するような番組が流されたりするものも違和感があります。
また、ミュージシャンが応援のライブを開いたりするのもどうかと思います。
なぜそう思うかといえば、被災者が不在のところでやってるからです。
今回の震災は正直いうと「それどころじゃない!」っていうくらいの大惨事であります。
テレビどころか必要な情報ですら入ってこないんです。
確かに渡辺謙が呼びかけて始まった「kizuna311」などはいい企画なんですが、被災者がどれだけ目にできているのかが気になります。
私はプロスポーツ選手やタレント、ミュージシャンが多大な寄付金をしたり、その知名度を利用してチャリティーをしたり、支援を呼びかけたりするのは大賛成です。
阪神淡路大震災の時、ミュージシャンの泉谷しげるが
てめえら、募金しろバカヤロー!売名?そーだよ!俺はよ売名行為でやってんだ!有名じゃなきゃ金は集まらんだろバカヤロー!売名だ!一日一偽善だバカヤロー!!
と言ったらしいですが、それは正論だと思います。
先日岩手出身のJリーガー小笠原満男選手(鹿島アントラーズ)が被災地を訪問していましたが、こういうのが本当に被災者を励ましてるといえるんだと思います。
気持ちを寄せることは大事なことだし、被災者も嬉しく思うでしょう。
とにかく被災者不在のところで、しかも見えないところでどれだけ被災者にスポーツ選手の素晴らしいプレーや活躍、タレントやミュージシャンの才能を披露しても何の役にも立たないと思うんです。
被災者の精神状態を考えてください。
我々の想像をはるかに超えていると思います。
もうちょっと経って復興の兆しが見えてきたら、有名人の活躍が励みになるようなこともあるでしょう。
いまはそれを励みにできるほどの余裕がないくらい切羽詰った状況だと思います。
今や日本中の人のみならず世界中の人のほとんどが被災者に想いを寄せているはずです。
そこで「今、自分には何ができるか」という自問にたいして、自分の世界観の範囲の中から「自分たちにできることはこれだ」と思ってやっているんでしょうが、それは安直であり浅はかです。
到底無理なことを思い描くのも問題ですが、意外にも誰にでもできることの方がまずやらなければならないことかもしれません。
数日後に本山(東本願寺)の「被災者支援のつどい」に参加予定ですが、「今、何をやらねばならないのか?」「何が出きるのか?」という課題をもって参拝したいと思います。