東北地方太平洋沖地震で犠牲に遭われた方々には衷心より哀悼の意を表し、被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。

東北地方太平洋沖地震で犠牲に遭われた方々には衷心より哀悼の意を表し、被害に遭われた方々には心からお見舞
い申し上げます。

2010年8月28日土曜日

活字離れ問題

最近、活字離れが問題視されることが多々あります。
新聞を読んだり、本を読んだりすることが減少したことを原因とするのでしょうか?
それによって、言語能力の低下、勉学意欲の減退など、知的水準が落ちるなどといったことが起こっているとも言われます。
ワープロの使用が当たり前になった時代以降、PCや携帯電話が普及し、更にはメールやネットの利用増加との関係で思うことを書きます。
私自身は、PCやネット関係の依存率がかなり高い方だと思います。
しかし、おそらく活字に触れる割合はそれに伴って多くなった印象があります。
テレビもよく視る方ですが、最近の番組はテロップがすごく多いです。
いつ頃からでしょうか、しゃべってるのに、更にそれがテロップとして流れています。
最初それが非常に目障りで嫌だったんですが、今では当たり前になってあった方がいいように思えてきました。
メールをしたり、Twitterをしたり、このようにブログを書いたりして、文章をつくる機会も多くなりました。
とにかく、活字や文字、文章に埋もれた生活をしているように思えます。
検索をかけたりする際に言葉を選ぶ行為は、かなり頭を使うような気がします。
ただし、手書き文化とは明らかに違う点も否めません。
まず、書き換えがきくので文章が洗練されていきます。
できるだけ完璧な文章を作ろうとするんですね。
(こんな文章しか書けないくせにエラそうなこと言うなって思われますよね。)
読み返して書き換えているうちに、どんどん表現が変わってきます。
手書きで書いた文章の方が、未熟な文体なんでしょうが、書きたい内容に近いものが残せるように思います。
それから、漢字は多く覚えます。
何故なら、変換してくれるからです。
辞書で調べなければわからない漢字も使いたくなります。
ただし、やっぱり書かないから、《読めるけど書けない現象》は起こってしまいます。
そういう意味ではiPhoneやiPadの手書き機能は優れものかもしれません。
いずれにしても、私に限らず多くの人々が、活字に触れ、作文の機会が多くなったと思います。
そういうことからして、言語能力の低下はどこに原因があるのかということです。
私は、会話量の減少が問題の一つだと考えます。
本願寺8代目蓮如上人は、しきりに「寄り合い談合せよ」とおっしゃられました。
つまり、みんなで話をしましょうということです。
現代社会は、プライベートな時間が多すぎるんですね。
人と接する機会が少ないから、会話する時間が少なくなる訳です。
会話というところに言語能力の向上の秘訣があると思うんですが......。

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